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梅の香の人とぼく(散文) [突発創作]

ぼくは困った人の弟子になってしまったんだろうか。



見た目は確かに普通じゃない。
浮き世離れしたというか、そんじょそこらじゃお目にかかれないような美形だし、一言喋るだけで周りがどよめくくらい魅力的な声。
常識的でないのは外見だけならよかったのに、中身はそれはもう壊滅的に酷い。

目につくものはなんでも欲しがるし、お金を払わず盗ってしまうことだってあった。
その尻拭いはいつもぼくで、…時々は色仕掛けで有耶無耶にしてくれたりもするけど、被害は大抵ぼくに降りかかる。

天災なのだと、その人は言った。
そう割り切ればいいという例えなんだろうけど、出来るわけがない。
だってぼくは至って真面目で普通な、普通な常識人なのだ。理不尽には腹も立つしトラブルが起きる度にお腹も痛くなる。
それでもぼくがこの人から離れていかないのは、やむにやまれない事情があるのだけど、やっぱり限界もある。

「どうにかしてぼくを解放するか、自重するか、今すぐ選んでください」
「………」

無視である。
聞きたくないことは聞こえてないことにするのがこの人の常だ。
黙っていても周囲に人だかりが出来てしまうから、わざわざ人気のない所に場所を移したっていうのに、反応すらせずに先程買った林檎を無表情のままでかじっている。

「繰り返しますが、物を手に入れるためには対価が必要なんです。それがお金。で、お金を得るためには働くか同等の価値の物を差し出す。これがここの常識なんです」
「……ふぁ」

大きなあくびをする姿もどこが芝居めいてて、なのに画になるのだから困ったものだ。

「そして、今、ぼくの手持ちのお金はありません。その林檎で使いきりました」
「………」

眠たげな目をしたまま、綺麗に芯だけ残った林檎をひょいと投げ捨てた。
捨てた先にはちょうど野良猫がいて、頭に当たって落ちた。
小さく鳴いた野良猫は落ちた林檎の芯にかじりつく。

「…聞いてますか?」
「………」

面白そうに野良猫が食べている姿を観察している横顔に声をかけるが、やっぱり無視。
ぼくの存在や意見なんてものは、この人にとってはそこらへんの石ころと同じくらいどうでもいいことなんだろう。

「このお金を稼ぐために、ぼくがどれだけ大変な思いをしたのか、わかってませんよね?」
「うん」

ああ、ようやく反応があった。

「ねこは可愛いな」
「………」

今度はぼくが沈黙する番だった。
もしかしたらこの人にはぼくが見えないんじゃないかとすら思えてきた。

「ぼくのこと、見えてます?」
「見えないね」
「…ぼくの声、聞こえてますよね?」
「聞こえないなぁ」

こちらの方は全く見ずに呑気な声で言うものだから、ぼくはどう言えば自分の気持ちが伝わるんだろうと途方に暮れてしまう。

「天災なんだよ」

いつかと同じことを言った。

「わたしは神だからね。下僕は尽くすさだめという相場だよ」

うふふと笑いながら振り返ったその人からは、さっきまで食べていた林檎じゃなくて梅花の薫りがした。



ぼくはやっぱり、大変困った人の弟子になってしまったらしい。
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